美食学研究報告

日本料理の次世代への継承と、更なる発展。日本料理を未来に繋ぐ。

「キング・オブ・ロック」忌野清志郎と「運」や「偶然」に関する考察

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雨の降る5月は少し寂しい気持ちになる。

むかし、キングと呼ばれた男がいた。
「いた」と過去形で語るのは適切でないかもしれない。
それには、まだ過ぎた時間が足りないように思う。
少なくとも僕の中では、今でも彼はキングだ。

もう今は彼はどこにもいない。

9年前の今頃にこの世を去った。

彼のデビュー作のタイトルは
「宝くじは買わない」

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ある程度の年齢になれば、人は誰しも人生には自分の努力ではどうしょうもない、「運」とか「偶然」としか言いようのないものがあることを否定できないだろう。

宝くじは運や偶然だけで全てが決まる。
しかし、それに人生を賭ける人は誰もいない。

ささやかな夢を見るために余ってるお金で宝くじを買う人はいても、生活費を稼ぐために宝くじを買う人はいないのだ。


本来、「運」や「偶然」とはチャンスと準備の交差点である。


例えば、戦国時代の日本の歴史を大きく動かした鉄砲。

日本に鉄砲が伝来したのは、1543年頃に、たまたまポルトガル人が種子島に漂流したのがキッカケとされている。

しかし、何のキッカケもなく、ポルトガル人の乗った船がたまたま偶然にも、地球の裏側の日本の近海で漂流するわけでは無いのだ。

当時、ヨーロッパではカトリックがプロテスタントに物凄く追いやられてて、このままではカトリックが滅びてしまうという状況になっていた。
そこで、カトリックは世界中に活路を見出して布教活動をしていた。
日本近海で漂流していたのは、その布教活動の過程だった。

さらに重要なのは、キャラック船や羅針盤の発明といった技術的な進歩。

こういうバッググラウンドが存在するのだ。


この世界に「運」とか「偶然」だけで物事が決まることというのは、実はほとんど無い。

人生に幸運を引き込むためには、目の前の準備を積み重ねていくのが大事である。
宝くじを買う行列に並んではいけない。