ガストロノミー.work

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【「だし」について】後村仮説とブラウン運動と現代ポートフォリオ理論

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ブラウン運動と現代ポートフォリオ理論

時は20世紀半ば。場所はアメリカ。
ハリー・マーコウィッツという名の男がいた。
彼はシカゴ大学の大学院生であった。
マーコウィッツ青年は、多くの大学院生と似たような悩みを抱えていた。
つまり「博士論文のテーマ決まらへんわ。どうしよう。」である。

ある日、マーコウィッツ青年は研究室で謎の紳士に話しかけられた。彼は自分の抱えている悩みを紳士に打ち明けると、「株式市場の研究とかどう?」というアドバイスを貰った。
マーコウィッツは後年に、この研究でノーベル経済学賞を受賞することになるのだが、彼のアイデアの骨子は次のようなものである。

株の価格がいつ上がるか下がるか正確に予測出来る人は誰もいないらしい。
ということは、これはもしかしてランダムな確率の問題でないだろうか?
そうであれば、確率論や統計学を使えば株式市場を数学的に解明することが出来るかも。
これって結構イケてるんちゃう?

水に花粉を浮かべると、その粒子は水の分子のランダムな動きによって、時間の経過とともに拡散していく。
これが19世紀にロバート・ブラウンによって発見され、それから約80年の時を経て、20世紀にアインシュタインによって完全に解明された「ブラウン運動」である。
花粉の動きは完全に不規則で、誰がどんな方法を用いたとしても、1秒後の花粉の位置を知ることは不可能である。
しかし、確率的に花粉の粒子がどの範囲に収まるかを数学的に定義することは可能である。

株式市場の個々の株価の動きも「ブラウン運動」みたいなものじゃないの?というのがハリー・マーコウィッツ青年の考えである。

このハリー・マーコウィッツの論文をベースに、ジェームズ・トービン、ウィリアム・シャープという同じく後にノーベル経済学賞を受賞する天才たちの理論を組み合わせたものが「現代ポートフォリオ理論」である。

現代ポートフォリオ理論の内容を理解するのは難しい。
だけど、結論はメッチャクチャ簡単である。
曰く、「投資するときは色んなものにバラバラに投資しよう。そしたら個々の銘柄が上がったり下がったりするリスク(「危険」ではなく、数学的に言うところの「分散」や「バラツキ」の意味)は相殺されて、期待リターン(これも数学的に言えば「傾き」である。)だけが残る。」
大昔から言われている「タマゴを一つの籠に盛るな」という諺を数学的に完璧に証明してしまったのである。

ちなみに、最初にハリー・マーコウィッツに株式市場の研究を提案した謎の紳士は、教授に株を売りつけようとしていたブローカーだったそうである。

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出汁についての一つの仮説

さて、時は現代。場所は日本、愛知県名古屋市。
登場する男の名前は後村(あとむら@gastronomy_work)。生業は日本料理人。私である。


今から数年前。
来る日も来る日も毎日のように出汁を引いていた。
しかも45リットルとか50リットルとか、馬鹿みたいな量の出汁を毎日毎日引いていた。
大変、厳しい店であった。
私は、来る日も来る日も上司から詰められていた。
「あかん。薄い。」「もっと鰹入れろ」「昆布入れて、もうちょっと焚け」
1週間のうち、3日か4日はこんな調子である。


出汁を引くときに使う材料は水と昆布と鰹節だけである。
重さを計量してイケてるときの割合を覚えておいて、毎日同じようにやればいいやん。
単純にそう思った。

しかし、物事はそんなに単純では無かった。
全く同じ水の量、昆布の量、鰹節の量で出汁を引いても全く同じ味の出汁が完成することは二度と無かった。

  • 人間にも身長の高い人と低い人、顔の造形が一人ひとり違うように鰹節や昆布にも個体差がある。
  • 鍋の中の対流の具合によって、抽出される旨味成分の量に変化がある。

以上、2点が主な原因であった。


私のアイデアの骨子は次の通りである。
対流って要は「ブラウン運動」みたいなものじゃないの?
株式市場の話も鍋の中の出汁の味も一緒ちゃうん?
ということは、「現代ポートフォリオ理論」と同じ結論に帰結するんじゃないの?

それを踏まえて、私の立てた仮説は次のようなものである。
「複数の鰹節、複数の昆布を使うことで、個々の味のバラツキは相殺されて、旨味だけが残る。つまり、出汁の味が安定する。」

あらかじめ断っておくが、私はブラウン運動も現代ポートフォリオ理論も論旨の内容は一切理解していない。
結論を知っているだけである。
ノーベル賞を受賞するような天才が言ってるんだから間違いないやん、という態度である。

車を運転するときに、ガソリンとエンジンとモーターの関係を知る必要は全くない。
「レクサス格好いいなー。」とか「いや、日産でしょ!」とか「ワシ、地元じゃけえ、マツダじゃろ!」とかその程度の知識で皆んな100万円とか200万円単位の買い物を決めている。
それと同じようなものである。

誰か優れた理系の頭脳を持つ方が、この仮説を証明してもらうことを祈るばかりである。